2008年4月4日金曜日

モデル


 日本の雑誌のグラビアに出ているモデルと、アメリカのそれとを見くらべるとどこか違っている。考えてみたが、これという「主張」が日本のモデルにはない、ということだと思う。 
 「これだ」と、デザイナーが得意になって作ったドレスを、美形のモデルが着込んで、しかるべき背景のなかで、しかるべきポーズをつくり、きれいなカラー写真で撮る。
 日本の場合は、これでおしまい。
 アメリカは、それ以上に、「いったいそういう服を着て何を訴えたいんだ」という「主張」にポイントを置く。

 五番街のデパートや高級ブティックのウインドーの飾りもきれいだ。
 一つひとつのディスプレイに「主張」がある。

〝和というものの意味〟
 

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