
日本の雑誌のグラビアに出ているモデルと、アメリカのそれとを見くらべるとどこか違っている。考えてみたが、これという「主張」が日本のモデルにはない、ということだと思う。
「これだ」と、デザイナーが得意になって作ったドレスを、美形のモデルが着込んで、しかるべき背景のなかで、しかるべきポーズをつくり、きれいなカラー写真で撮る。
日本の場合は、これでおしまい。
アメリカは、それ以上に、「いったいそういう服を着て何を訴えたいんだ」という「主張」にポイントを置く。
五番街のデパートや高級ブティックのウインドーの飾りもきれいだ。
一つひとつのディスプレイに「主張」がある。
〝和というものの意味〟
0 件のコメント:
コメントを投稿