2008年2月29日金曜日

心情


 心情には理性のあずかり知らぬ心情自身の理性がある。
    <パスカル>
〝見えない理由〟

2008年2月28日木曜日

何もなかった


 昨年は、何もなかった。
 一昨年は、何もなかった。
 その前のとしも、何もなかった。

 そんな面白い詩が、終戦直後の或る新聞に載っていたが、
 本当に、いま思い出してみても、
 さまざまな事があったような気がしながら、
 やはり、何もなかったと同じような気もする。
    <太宰治>
〝虚無あるいは残酷というもの〟
 

2008年2月27日水曜日

第一宇宙生成論


 世界は最初"Nun"と呼ばれるwatery chaosであった。
 その中から、後世"Re"と呼ばれるようになったSun-God Atumがmoundの上に姿を現した。
 Atumは、自ら、双子の神"Shu(Air)"と"Tefnut(Moisture)"を生んだ。
 彼らは、次に、"Geb(Earth)"と"Nut(Sky)"を生んだ。
 GebとNutは、最後に"Osiris"、"Isis"、" Seth"、" Nephthys"を生んだ。
 これら9人の神は、Divine Ennead(Heliopolisの9神)を構成し、後世にはしばしばSingle Divine Entityとして呼びならわされた。
〝Heliopolitan神話、文明の起源あるいは宇宙的懐郷〟


 

2008年2月26日火曜日

形象


 フォルムは象徴である。
 容貌は魂を表す。
 肖像は心理の表象でなければならない。
    <ロダン>
〝存在するということ〟

2008年2月25日月曜日


 人は書物の抽象作用のなかから、自分を閉じ込める体系の檻を作りあげるにすぎません。
 
 人は自由と責任を怖れ、その故にむしろ、自分ででっち上げた檻の中に窒息することをよしとするのです。

 哲学者はさまざまな鳥籠を背負った、美々しい羽根衣裳のパパゲーノにすぎません。
    <カフカ>
〝安息の正しい場所〟

2008年2月24日日曜日

意気


 「いまという、いまなる時はなかりけり、
まの時くれば、いの時は去る」
 過去の因縁も、将来の希望もすべてふりすて、
現在の勝負に全力を投入する。
〝いざ往かん〟

2008年2月23日土曜日

コンスタンツ湖


 ライン河はまるでアルプスの岩山から解き放たれたかのように、楽しげにくつろぎ憩い、信じがたい深さの湖へすべり下ります。
〝一幅の絵のくつろぎ〟

2008年2月22日金曜日

神秘


 ミスティック(神秘主義)とは、本来、ギリシャ語で「眼を閉じる」という意味である。
 外的なものに煩わされず、自己の内面を見るために眼を閉じる。
 眼に見える現実の世界をすべて放棄して、
 ひたすら内面の道を歩み、
 彼岸の存在と触れ合おうとする営みである。
〝心の蜃気楼〟

2008年2月21日木曜日

バラ窓


 あなたの外面的な目がここで見ているバラは永遠に神の中で咲いている。
    <アンゲルス・シレジウス>
〝旅人〟

2008年2月20日水曜日

魔笛


 やさしき笛よ、なんという
 おまえの魔法のすばらしさ
 妙なる調べに けものまで
 こぞってうっとり 聴きほれる
    <モーツァルト 魔笛>
〝深い郷愁〟

2008年2月19日火曜日

幻想家


 恋って、いうことをきかない小鳥のようなもの。
 飼いならそうとしたって、そんなこと誰にもできない。
    <カルメン(ハバネラ)>
〝ロマネスクな偽計〟

2008年2月18日月曜日

明り窓



 暗い心を持つものは暗い夢しかみない。
 もっと暗い心は夢さえも見ない。
〝ほのかな光明〟

2008年2月17日日曜日

あなたに


 みずから光になろうとしないものは永遠に光を見ることはない。
〝時間を漂う光〟

2008年2月16日土曜日

明日




 シープ・メドーでは、はだかの若い男女が目につく。
 はだかで芝生に寝そべっているのや、散歩をしているのや、フリスビーをしているのや、
 上半身はだかの男女がいやに多い。
 かれらはグレゴール・ザムザになろうとしているのだ。
〝セントラル・パークの誘惑〟

2008年2月15日金曜日

指さき



 弾いているのは自分の指ではないと感じる必要がある。
 指は単なる延長物にすぎないのであって、特定の瞬間に自分とつながっているだけだと感じる必要があるのだ。
 やっていることに完全に没頭しながらも自分とは距離をおく手段を見いださなくてはならない。
〝ある日の特訓〟

2008年2月14日木曜日

在不在


  かれは瞬間だけの存在だ。
  かれには過去もなければ未来もない。
  絶えず変動してなんの意味もない瞬間にはりついている、
  記憶をもたず連続性を失った存在は、はたして「存在」といえるか。
  かれは、誰であり、何であり、どこへ行くのか。
 〝見えていればそれでいい〟

2008年2月13日水曜日

現代


 “ f分の1 ” ゆらぎ理論という人間工学の説がある。
 形でも、音でも、きっちりしているよりは、乱れというか、ゆらぎのようなものがあった方が人は安らぎを覚える、隠れたルールとも言える “ 心地よい乱れ方 ” があるという説だ。
 この心地よい乱れ方を統計的に解明すると、音などの周波数(frequency=f)の逆数という数式で説明されるパターンが見えてくる。
〝ゆらがない人々の群れがなにを造ってきたか〟

2008年2月12日火曜日

わけあり



 わたしはとり残されたのではなく、みずから踏みとどまったのだ。
 長い人生の途中に、これこそ自分のための空間だという場所に行き当たる時がある。
 そこで列を脱して自分の宇宙を築いてしまえば、世の中の方がわたしにとって無用のものになる。
〝今日も迷妄の海を泳いでいる〟

2008年2月11日月曜日

聖アウグスティヌス


 聖アウグスティヌスによれば、神とは「包み込みながら満たすもの」だというが、音楽はそのような神の属性をそなえている。
〝外から包みながら内からも満たす、意識の彼方に向かいあう〟

2008年2月9日土曜日


 本を買うなんて莫迦の骨頂さ!
 きみの両肩にはちゃんと頭が乗っているだろう。
 そいつを使えば本なんてまるっきり要らないぜ。
    <アルチュール・ランボウ>
〝第一章、人に影響されない方法〟

2008年2月8日金曜日

逆行



 古代エジプト人たちは、火星のことを「セクデット・エフ・エム・ケクテット」という別名でも呼んでいたが、これは「逆に旅するもの」という意味である。
 これは明らかに、火星の逆行や宙返りを示している。
〝東洋のある国に重ねる〟

2008年2月7日木曜日

君知るや南の国


 チロルの中心地インスブルグから急勾配の山岳ハイウェイを車で一気に登ってゆくと、
 30分足らずで標高1370メートルのブレンナー峠にさしかかる。
 アルプス越えの峠だ。
 ここから先はイタリア。
 谷間に延々とつづく道路は、ボルツァーノ、トレントなどを経て
 ロンバルディア平原へとゆるやかに下ってゆく。
 次第に周囲の景色がドイツやオーストリアとはちがってくる。
 通過する街や村のようす、樹々や草花のようすがちがってくる。
 なによりも空の明るさがちがう。
〝ミニヨン、憧れ〟

2008年2月6日水曜日

30歳代


 30代ともなるとありのままの心というのを失って、
 感じたことを言う代わりに、
 言うべきだと信じてることを口にするようになるの。 
 あたしたちってほんとはみんな、天真爛漫ってとこがあるはずなのに、
 それがいつかありきたりの人間になっちゃう。 
 あたしは違うのよ。
〝永遠のフーガ、あるいは天然爛漫〟

2008年2月5日火曜日

キャリア・ウーマン


 キャリア・ウーマンの成功は、

  男のように考え、
  女のように行動し、
  馬のように働く、ことらしい。
〝FOXY〟

2008年2月4日月曜日

友情


 ほんとうの友情は無関心を粧っていることの方が多い。
〝でも心の中では、いつも弾ける瞬間を待っている〟

役者


 こうして人生のいちばん美しい時が去ってゆく

 僕たちの芝居は、もう終わり!
 この世の巡礼の旅を終え
 ・・・・・・
 天国の風を君たちに送ろう
    <モーツァルト 夕べの想い K523>
〝演じすぎないで生きてみたい〟

2008年2月2日土曜日

わたし


 わたしが何であるかをわたしは知らないし、
 わたしが知っているようなわたしはわたしではない。
 
 わたしはものであり、ものでない。
 小さな点であり、また円である。
〝あなたは形に囚われしもの〟

2008年2月1日金曜日

教誨師


 たとえキリストが千回ベツレヘムに生まれたとしても、
 それがあなたの中でないならば意味はない。
〝我傍観者也〟 

モーツァルト


 モーツァルトの音楽というものは、ガラス越しに見る美しい景色のようなものです。つかもうと思ってもつかめない。けれど立体感があります。
 ガラスの向こうで、風に吹かれている花々が見えるような気がします。
 心地よく、時には激しく、風に翻弄されるような美しい花たち。
〝天上の花、地上の風〟

ニューヨーク


 幸運を願わなかったらニューヨークに来るべきではない。
〝being skyscraped!〟


 花を買うことほど楽しい買い物があるだろうか。
 ほかのものは全部揃っているのだけれど、どうしても花が欲しいの。
〝だれにも潤いのときがある〟