
藝術の中に命を見出したいという傾向は、僕はいわゆる浪漫主義の運動から始まった一つの思想だと思う。
藝術なんていうものは何でもなかった、ただ生活というもの、人生というものをどんどんよくして、喜びを増すその手段に過ぎなかった。
藝術なんてものは昔そういうものだったんだよ。
ところがだんだん浪漫派からそうじゃなくなって、今度は藝術のために生活を犠牲にしようという思想が生じたんだ。
僕らはそういう思想からまだ脱けずにいるんだ。
だから浪漫派藝術の運動というものは非常に大きな運動で、リアリズムの運動でも、象徴派、表現派、何でもいい、あらゆるものが浪漫主義の運動の子供なのだ。
そういうものが生んだ子供で、僕らはまだそういうものから脱けていない。
<小林秀雄、対話集>
〝藝術の性質について本質的に誤っている。線や面は心の何を刻む手段なのか。ラスコー壁画の意味するものは何なのか〟