「さう言えば、まあ、さうだが、」と浦島はさらに櫻桃の酒を調合して飲み、「あのお方は、何かね、いつもあんなに無口なのかね。」
「ええ、さうです。言葉といふものは、生きてゐる事の不安から、芽ばえて来たものぢゃないですかね。腐った土から赤い毒きのこが生えて出るやうに、生命の不安が言葉を醗酵させてゐるのぢゃないですか。よろこびの言葉もあるにはありますが、それにさへなほ、いやらしい工夫がほどこされてゐるぢゃありませんか。人間は、よろこびの中にさへ、不安を感じてゐるのでせうかね。人間の言葉はみんな工夫です。氣取ったものです。不安の無いところには、何もそんな、いやらしい工夫など必要ないでせう。私は乙姫が、ものを言ったのを聞いた事が無い。しかし、また、黙ってゐる人によくありがちの、皮裏の陽秋といふんですか、そんな胸中ひそかに辛辣の観察を行ふなんて事も、乙姫は決してなさらない。何も考へてやしないんです。ただああして幽かに笑って琴をかき鳴らしたり、またこの広間をふらふら歩きまはって、櫻桃の花びらを含んだりして遊んでゐます。実に、のんびりしたものです。」
<太宰治、全集7>
〝life as a fugitive from death〟
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