2008年9月30日火曜日

物語り


 私が描いたのは人間ではない。私はある出来事を物語ったのです。そこにあるものは、一連の形象です。それだけです。

 人が写真を撮るのは、ものを意味の外に追い払うためなのです。私の書く物語は、一種肉眼を閉じることです。
 
    <フランツ・カフカ&ヤノーホ>
〝ものみな風景〟

2008年9月29日月曜日

真理


 真理は多くの落ち葉のうちに埋もれ、覆い隠されている。そのままでは真理を見ることはできない。その落ち葉を一枚ずつ取り除いてゆく作業が、言葉による論理的思考にほかならない。つまり言葉は、真理を見やすくするための準備作業として必要なのである。しかし落ち葉がすべて除かれて、真理がその姿をあらわしたとき、われわれはその真理を「見る」のである。それは直感であり、論理による思考ではない。
    <森 三樹三郎、老子・荘子>
〝天道之微昧〟

2008年9月28日日曜日

異郷への想い


 初夏、岸辺に洋ナシが黄色くうれ、白や赤の野バラ、サンザシの花が一杯に咲き誇る。
 豊潤な胸ふくらむ風景である。
 それは青春そのものの姿だ。
 しかしあっという間に冬がやってくる。
 ドイツには秋はほとんどない。
 秋と春という言葉さえドイツ語には長いことなかった。
 夏が終わるとすぐ冬になってしまう。
 ドイツの冬は厳しい。
 目を慰める花も緑の木立もない。
〝君よ知るや〟

2008年9月27日土曜日

言葉を忘れる人


 言葉は、意味を捕らえるための道具である。
 意味を捕らえてしまえば、言葉には用がなくなるのだから、忘れてしまえばよい。
 私は、言葉を忘れることのできる人間を探し出して、ともに語りたいものである。
    <荘子、外物篇>
〝右に同じ、ただ何を以って語る〟

2008年9月26日金曜日

人間の壁


 ひとりの人間は年齢にかかわらず、家庭や社会の一員であり、周囲の人びとに対して責任と義務を持つ存在なのだ。
 自分の命なのだから、自分の勝手にしていいなどという論理は決して許されるべきではない。
    <アルフォンス・デーケン>
〝壁〟

2008年9月25日木曜日

究極の原理


 もし事物の究極の原理を理解した人があるとするならば、その人は同様に無限を知ることにも到達しえたであろう。
 これら両極端は、相遠ざかるあまりに相触れ、相合し、そして、神のうちにおいてのみ再会する。
    <パスカル、パンセ>
〝円環〟

2008年9月24日水曜日

歴史


 人間を自然から分つもの、人間を自然に対立させるものは歴史である。
    <ジョルジュ・バタイユ、有罪者>
〝人間を作ったのも歴史である〟

2008年9月23日火曜日

単一栽培


 人類は今や単一栽培に傾いている。文明をも砂糖大根のように大量生産にかかったのだ。ふだんの食事には砂糖大根の一品料理しかでなくなるだろう。
    <レヴィー・ストロース、悲しき南回帰線>
〝サブプライムの料理が人類を襲う〟

2008年9月22日月曜日

人間


 人間は生来平等ではなく、ある者は奴隷、ある者は支配者になるために生まれた。
    <アリストテレス>
〝永遠の階梯〟

2008年9月21日日曜日

生かされる


 人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本的問題に答えることなのである。
    <アルベール・カミュ、シジフォスの神話>
〝なぜ生かされているかに答えるのが根本的問題では〟

2008年9月20日土曜日

戒律


 信仰がなければ(モルモン教、8歳で洗礼)今の私はなかったと思います。
 それほど厳しいとは思いませんけど、とにかく戒律があるわけですよ。
 そこには、当然「こうしたい、けどできない」という葛藤が生まれます。
 その葛藤が多ければ多いほど、その人間は上質なものになっていくのだと、私は思っているんです。
 何に関しても自由な状況の中だと、すごく薄っぺらになっちゃうんじゃないでしょうか。

 司会者って、思い切り客観視しながら、なおかつ冷めちゃいけないです。
 私は客観視して、さらに冷めちゃうんです。
 だから、「これこれは何ですか?」みたいなことが、バカバカしくて訊けないんです。
 別にそんなことに関心もないし、本当に話したいんだったら二人でご飯でも食べながらお話しした方がいいやって。
    <斉藤由貴>
〝根のある社会へ〟

2008年9月18日木曜日

秋水


 如是而生 如是死
 かくのごとくにしていき かくのごとくしす
    <幸徳秋水、死刑宣告当日に記した漢詩一行>
〝多くのわれは痴呆症〟


2008年9月17日水曜日

個の意志


 個の意志が無力なところでは、当然、集団的事象だけが有効な力を持つ。
    <トリスタン・ツァラ、セリ・ポエティック>
〝引き裂かれた個〟

2008年9月16日火曜日

幸福の扉



 幸福の扉は内開きで、突進すれば押しあけられるというふうになっているのではなく、外開きになっている。
 だから、われわれにはどうしようもないのだ。
    <セーレン・キルケゴール>

2008年9月11日木曜日

美しいもの


 美しいものよりももっと美しいものがあるとすれば、それは美しいものが荒廃した姿である。
    <ロダン>
〝時間の影が〟

2008年9月10日水曜日

東洋


 ぼくは、東洋に、そして、最初のものであって永遠のものである叡智に、ふたたび戻ろうとしていた。・・・・・・それは今、粗野な怠惰の夢であるように思われる。
    <アルチュール・ランボー、地獄の季節>
〝何かを見いだした人〟

2008年9月9日火曜日

ウサギ


 「生まれたばかりのウサギの赤ちゃんは魚だから、肉食を禁じられた日にも食べてよい」と僧侶たちは信じてウサギを飼った。
    <カール・セーガン>
〝人間の規矩準縄〟

2008年9月7日日曜日

アメリカ


 アメリカ人でよかったと思う理由として二つあげられるわ。
 一つは、この国はもともとすべての人間は平等に作られていて、各人が各人の幸福を追求できる権利をもっている、という正義の原理にもとづいてつくられた国だということを信じているから。
 もう一つの理由は、今、世界はいろんな問題をかかえているけれど、アメリカがそのトラブルの中心になっている。そのアメリカにいるアメリカ人だっていうことにエキサイトするの。
 アメリカが変われば、日本も、南米も、アラブも、世界が変わるでしょう。
 危機に面していればいるほど、アメリカの中で変化が要求されるし、その鍵をにぎっているのが、このアメリカ人、つまり、私っていう感じ、わかるかなー。
 この事実は私にすごい緊張感を与えるの。
    <ジェーン・フォンダ>
〝アメリカの平等は時の(歴史の)重みを持たぬがゆえ。世界標準ではない。〟

2008年9月6日土曜日

知る


 之を知るは之を知ると為し、知らざるは知らざると為す、是れ知るなり。

 知っていることは知っているとし、知らないことは正直に知らないとする。それが真に「知る」ということなのだ。

    <孔子、論語>
〝深い〟

2008年9月4日木曜日

ある断章・WIEN


  長すぎた春

 ひとこともことばを交わしたことはありません
 だけどお互いに好きでした
 帰校時、ぼくを待っていてくれました
 だが、ぼくは・・・・・・逃げてしまったのです
 恥ずかしかったのです
 それから互いに見つめあう日が
 続きました
 快い春でした
 しかし、その春はあまりにも長すぎたのでした
 あまりにも長すぎた春
 それゆえに
 夏の到るのを忘れ
 秋の実りをも放棄した
 もう二度と春は還ってこない
 巡ってこないのだ
 すべては失せた
 彼女の微笑みとともに
 すべては桜春のかおりに紛れて
 消えたのだ
 どこへ行ったのか
 彷徨い歩けどなんのうるところもない
 ひとり惜春の思いに浸り
 到来することのない春を求めて
 たたずむ
〝K1967〟

2008年9月2日火曜日


 Grandeur, savoir, renommee,
 Amitie, plaisir et bien
 Tout n'est que vent, que fumee
 Pour mieux dire, tout n'est rien

 偉大さ、知識、名声
 友情、快楽、財宝
 なべて風にすぎず、煙にすぎない
 いな、なべて無にすぎない
    <セーレン・キルケゴール>
〝かくいう私も、そしてあなたも〟