
信仰がなければ(モルモン教、8歳で洗礼)今の私はなかったと思います。
それほど厳しいとは思いませんけど、とにかく戒律があるわけですよ。
そこには、当然「こうしたい、けどできない」という葛藤が生まれます。
その葛藤が多ければ多いほど、その人間は上質なものになっていくのだと、私は思っているんです。
何に関しても自由な状況の中だと、すごく薄っぺらになっちゃうんじゃないでしょうか。
司会者って、思い切り客観視しながら、なおかつ冷めちゃいけないです。
私は客観視して、さらに冷めちゃうんです。
だから、「これこれは何ですか?」みたいなことが、バカバカしくて訊けないんです。
別にそんなことに関心もないし、本当に話したいんだったら二人でご飯でも食べながらお話しした方がいいやって。
<斉藤由貴>
〝根のある社会へ〟