2009年4月30日木曜日


 彼らは、一人の病人とか、一人の老人とか、一個の死体とかに出会うと、すぐに言う、「生は反駁された!」と。
 だが、反駁されたのは、彼ら自身にすぎず、また、現存在のただ一つの相しかみない、彼らの目にすぎない。
    <ニーチェ、ツァラトウストラ>
〝流れる相をみる〟

2009年4月29日水曜日

旅立ち


 旅をすべき瞬間が鳥に訪れるとき、鳥は心の中でこのままの幸福をなお保ちうることを確信し、旅をすることによって確実なるものを放棄して、不確実なるものを攫むことになると確信していても、それでも従順な鳥は即座に旅を始めるのである。
 単純にそして絶対服従に助けられて、鳥はただ一つのことを理解しているにすぎないが、しかし鳥は今「その瞬間」が訪れたことを絶対的に理解しているのである。
    <セーレン・キルケゴール、著作集18>
〝絶対服従にほど遠いものに旅は訪れない〟

2009年4月26日日曜日

自由


ぼくの知る唯一の自由は、精神と行動の自由だ。
存在することの自由、それはもうないということを、ぼくははっきりと知っている。
    <アルベール・カミュ、シジフォスの神話>
〝自由、そのことばの意味をもはや問うことはない〟

2009年4月25日土曜日

リズム


木彫にはノミのリズムというか、速度がないのはまったくつまりませんね。
絵でも速度感のないのは興味ありません。
 
リズムというのはいわば作家の鼓動ですからね。
    <澤田政廣、芸術の心を射抜く矢>
〝リズムは精神と身体とが語らいあう言語〟

2009年4月24日金曜日

自己の彼方


 真の自己は神より出でたる霊魂であり、自己の中に神がある限りにおいて、吾人の自己は真の存在である。
    <聖アウグスティヌス、告白>
〝過ち、しかし後世も真実を伝えきれる哲学者は現れていない。人の限界か〟

2009年4月23日木曜日


 僕は思うさま君を愛しえるほど金持ちではありませんし、また、君の思う存分になってあげられるほど貧乏でもありません。
    <デュマ・F、椿姫>
〝空気〟

2009年4月22日水曜日

笑う者


 笑う者はある程度の明るい希望を人間に残すが、しかし嘆く者は、なんとも良くしようのないことを嘆くからである。
    <セネカ、道徳論集>
〝危険信号〟

2009年4月21日火曜日

一途


どうか許してください。
わたしにはほかにしようがないのです。
わたしは自分で道を選んだわけではありません。
深く考えたわけではありません。
ある力がわたしの内部にあるのです。
そして、この企てにわたしを駆り立てるものが、わたし自身なのか、そうでないのか、自分にもわからないのです。
    <ヘルダーリン、全集3 ヒュペーリオン>
〝ある力がわたしを駆り立てる、おそらくサイゴのトキに向かって〟

2009年4月20日月曜日

不在


そんなことご心配に及びませんわ。
自分が正しい生活をしていて、良心にやましいところさえなければ、言いたい者にはなんとでも言わせておけばよろしいと思います。
神さまと真実が私を守ってくださいましょう。
    <ボッカチオ、デカメロン>
〝神がいない迷い、真実がない迷い〟

2009年4月18日土曜日

あまりに人間的な


 私にはもっと別の心配ごとがあるのだ。
 たぶん、ずっと理にかなった心配ごとが・・・・・・。
    <G・バタイユ、有罪者>
〝わたしも・・・〟

2009年4月17日金曜日


 数多くの人々が恰も煙のやうに、此處を通って行ったのだ。
 ただ窓ばかりが永遠の白い儘で残ってゐる。
 ・・・・・・さうして私は? ほかのありとあらゆる人間とかはり無い人間である私なのだ。
 今宵もまた、ほかのあらゆる宵とかはり無いやうに。
    <アンリ・バルビウス、地獄>
〝定めは通過するもの〟

2009年4月16日木曜日

存在


 主観的なものと客観的なものの対立は最初からあるのではない。
 それは思考が、一度知覚されたものを再生によって表象界にふたたび登場させる能力を得、一方客体がもはや外部に存在する必要がなくなるということによって始めて生ずるのである。
    <ジークムント・フロイト、著作集3>
〝存在は自然体を手に入れることはできない運命にある、ではなぜ自然体として存在するのか〟

2009年4月15日水曜日


 有難いことに、月よ、君はもう月ではない。だが、かっては月と名づけられた君をいまなお私が月とよんでいるのは、おそらく私の怠慢のせいだろう。
    <カフカ、ある戦いの手記>
〝月よ、世は怠慢の連続だ〟

2009年4月14日火曜日

カミュ


 自分ははたして自分の知っているものとともに、ただ、それだけをともにして生きられるだろうか、ぼくはそれを知りたい。
    <シジフォス、カミュ>
〝ワカラナイ〟

2009年4月13日月曜日

うねり


 個人は彼の環境が彼を作り上げるところのものとなりやすい。
 文明が精神的に病んでいれば、個人も同じ病患に苦しむ。
 もし彼が戦いを挑むほどに健康であれば、彼は「アウトサイダー」と化す。
    <続アウトサイダー、C・ウィルソン>
〝文明には感傷はない、蛇のようにうねりながら時間の意志により先に進むのみ。文明も個人も病むことはない、うねる。〟

2009年4月12日日曜日

生命の真実


 個別を生きる切実さが、統計的法則の冷酷と併存していることにこそ、生命の真実がある。
<脳のなかの文学、茂木健一郎>
〝何のための真実か、が問題であろう〟

2009年4月11日土曜日

真剣勝負


 芸術というのは“真剣勝負”のようなものである。
 材質を切り捨てて征服しなければならない。
 “じょうず”とか“へた”とかいう問題は“真剣勝負”のあとにくるものだ。
 最初から“じょうずにー”と制作するようでは生命力のない作品になってしまう。
 芸術は“真剣勝負”である。
    <澤田政廣、芸術の心を射抜く矢>
〝人生もまたつねに一度切りの真剣勝負、でなければ意味がない〟

2009年4月9日木曜日

貧の品


 財産はどの程度がいちばん良いかというに、貧に落ちることもなく、さりとて貧から遠く離れていることもない、というところである。
    <セネカ、道徳論集>
〝知人の一人がウェブ上に実業の財産をもった、思想は貧ならざるも実業としては貧なりとしか私には思えないが、苦労の波がこれから押し寄せるとは知らずにだろう。それでも興味のある方は閲覧ください。http://www.grasia.co.jp/

2009年4月8日水曜日

財産


 ハンス・セリエというオーストリア生まれの医者がいます。
 ストレス、ストレス症候群という言葉はセリエが作ったものです。
 この人はウイーン生まれで、お父さんはオーストリアの貴族でした。
 しかし第一次世界大戦が起こってオーストリア・ハンガリー帝国が分解してしまいます。
 今の小さなオーストリアになってしまった。
 セリエのお父さんは、先祖代々持っていた財産を失いました。
 亡くなるときに息子に言った言葉が、「財産というのは自分の身についたものだけだ」です。
 それはお金でもないし、先祖代々の土地でもない。戦争があればなくなってしまう。
 しかし、もし財産というものがあるとしたら、それはお墓に持っていけるものだ、と。
    <養老孟司、かけがえのないもの>
〝意識を持つ存在の財産は《記憶》のみなのかもしれない。しかもそれは時間に《風化》してしまっている。なんと儚いことか。さて、そうすると、意識を持たない存在は財産と呼びうるものを持つことはないのか。財産とは何ゆえにかくまで意識を持つ存在にまとわりつくのか。〟

2009年4月7日火曜日

認識


 花ざかりの巴旦杏の樹々よ。
 私たちがこの世で成し得るすべてのことは地上の現象のうちで、
 残りなく自己を認識するということだ。
    <ライナー・マリア・リルケ、リルケ詩集5>
〝若いころはそう思っていた、今はちがう。認識ではない方法が疑いもなく存在する〟

2009年4月6日月曜日

尊敬


 ほとんど完全に近く人をだまして、さうして、或るひとりの全智全能の者に見破られ、木っ葉みぢんにやられて、死ぬる以上の赤恥をかかせられる、それが、「尊敬される」といふ状態の自分の定義でありました。
     <太宰治、全集9>
〝いためつけないこと、みずからを〟

2009年4月5日日曜日

兎汁


 兎汁を作るためには兎がいる。
 神を信ずるためには神がいる。
    <ドストエフスキー、悪霊>
〝作るが信じぬ〟


2009年4月3日金曜日

証人


 きみたちは、自分のことをよく言いたいと思うと、誰か自分の証人を招く。
 そして、きみたちがその証人を誘惑してきみたちのことをよく思わせてしまうと、きみたち自身が自分のことをよく思うようになる。
    <フリードリッヒ・ニーチェ、ツァラトウストラ>
〝きみたちの着衣〟

2009年4月2日木曜日

深淵


 立っていられないほど恐ろしいが、やはりのぞき込まずにはいられない深淵が、日常何気なく使っている言葉のすぐ横にある。言葉を使うということは、すなわち、深い落ち込みの縁をぐるりと回って生きるということである。
    <茂木健一郎、脳の中の文学>
〝言葉は異邦人、言葉は漂流者、言葉は道化師、言葉は身体の罠〟

2009年4月1日水曜日

知る


 世界を知っているものは誰だ。(スフィンクスの問い)
 自分自身を知っているもの。
    <ノヴァーリス、青い花>
〝だれもなにものも何ひとつ知ることはない〟