2009年11月16日月曜日


 人間の条件は、つねに本質よりも先に「生」そのものがあるのであって「はじめにことばありき」ではなく「はじめに声ありき」だったのである。
    <寺山修二、身捨つるほどの祖国はありや>
〝人間の本質は「生」であり本質よりも先に「生」があるのではない。しかしはじめに声ありきは諾なり。「生」としての人間には祖国なる観念はない。「生」を放擲して偽計の本質を求める人間には祖国がある。而してその祖国は「生」に史的苦難を与える祖国である。〟

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