
たいていの場合、われわれはわれわれ自身の外部に生きる。われわれは、われわれの自我については、その色褪せた幽霊のみしかみない・・・・・・。
われわれは、われわれのためにというよりは、むしろ外的世界のために生きる。われわれは思索するよりもより多く語る。われわれは、われわれ自身が行動するよりも、より多く働きかけられる。
自由に行動するとは、自己を取り戻すことを意味し、純粋持続にかえることを意味する。
<ベルグソン、意識の直接的諸与件>
〝自由とは意識のつくり出した桃源郷、身体から離れる意識の自由がその究極の狙い・・・、だろう。つまり帰るべき純粋持続は存在しない〟
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