2008年10月12日日曜日

庶民


 神聖とか、栄光とか、犠牲とかいった言葉や空虚な言いまわしを聞くと、ぼくはきまってまごつくのだ。
 ぼくは、神聖なんてものを見たことがなく、栄光を持つといわれているものに栄光なんぞありはしなかったし、犠牲とはシカゴの屠殺場みたいなものだった。ただ、肉をとらず、埋めてしまうところが違うだけの話だ。
    <大恐慌時代のアメリカ>
〝これから〟

0 件のコメント: