2008年7月31日木曜日

形相


 人間は一つの神的本質である。
 なぜならば、自然が形相を形成し、それをもって止めるところから、
 人間はこのような自然の力をかりて、自然のままの事物から、
 無数の形相を作りはじめるのである。
    <リオナルド・ダ・ヴィンチ>
〝問う、なぜ人間は形相の上に形相を作りはじめたのか〟

2008年7月30日水曜日


 人間は自分たちが創り出した世界で異邦人になっている。
    <アレクシス・カレル、人間この未知なるもの>
〝小は大を考案し、大に翻弄され、小を見失う〟

2008年7月29日火曜日

因習


 メガラの人々は死骸を東の方に向かせ、
 アテナイの人々は死骸を西の方に向かせて葬る。
 アテナイでは銘々が一つひとつ墓を持つのに、
 メガラでは一つの墓に三人も四人も葬られる。
    <プルターク英雄伝Ⅱ>
〝つまり、絶対的に考えては失敗する〟

2008年7月28日月曜日

有象無象


 ギルガメシュよ、進むのはおやめ。
 喜びの園にしばらくとどまって、楽しみを味わうが良い。
 生ある人間で、神々からこれほどの恩恵を授けられた者はないのだよ。
 これ以上のものを、望むことはできないのだ。
 おまえが捜し求めている永遠の生命は、
 とうてい、おまえが見出しうるものではないよ。
    <古代バビロニア、世界最古の物語>
〝秦の始皇帝しかり、それから喜びの園をもたない有象無象〟

2008年7月27日日曜日

幾何学


 人間は意識の奥深くで、幾何学的な形を好み、宇宙でそれを見つけるのを望んでいる。
 心の持っているこの基本的な特徴は、記念碑が寸分の違いもなく均整がとれていたり、機械が精確であることによく見てとれる。
 幾何学は地上に存在しない。
 それは人間が作ったものである。
    <カレル、人間この未知なるもの>
〝そうではないのでは。人間を構成する" 粒子"は振動する幾何学構造を持ち、人間を意識させる"精神"は、振動する幾何学構造上で揺らぎ(ファジー)と呼ばれるパイプラインの周りを波乗りする擬似連続体なのでは〟

2008年7月26日土曜日

肉体と認識


 肉体は認識にとって障害をなす。
 唯一の真なる認識とは、一切の感性(つまり直感)から、解放され、遠ざかった認識、
 したがって純粋思惟、抽象概念の操作である。
    <フリードリッヒ・ニーチェ>
〝この考えは誤っている。認識は肉体の派生物である〟

2008年7月25日金曜日

鳥のお告げ


 鳥のお告げも、おまえの気持しだいでは幸福となる。
    <エピクテトス>
〝何でもいいのだ〟

2008年7月24日木曜日

心に咲く花


 心に咲く花は、大事に手入れして育てなければなりません。
 根はどこにもあるのです。
    <ヘルダーリン、ヒューペリオン>
〝わが身は浮草〟

2008年7月19日土曜日

庭の花


 「たいていの庭ではね」と鬼ゆりがいいました。
 「花壇をやわらかくしすぎるんだよ。だから、花はいつも眠っているんだ」
    <ルイス・キャロル、鏡の国のアリス>
〝民衆のことですよ〟

2008年7月18日金曜日

不老樹


 そこには、不思議な木が生えている。
 形状は、棠梨(からなし)に似ていて、花は黄色く、沙棠(さとう)と呼ばれる。
 水禍を防ぐ効能があり、これを食すれば身を水中に投じても溺れることがない。
 不老樹である。
    <山海経、崑崙説話>
〝なぜ時が存在するのか〟

2008年7月16日水曜日

生命の罠


 おお、見事な、曾っては生きていた、独創的な自然の器官よ!
 お前も、亦、お前の大きな体力が、お前にとって、何の役にも立たなかったが為に、お前は、その命を寂滅の中に残し、そして、神と時間が創造的な自然に与えた法則に、従わざるを得なかったのだ。
 お前の強力なギザギザのある鰭も、お前には何の役にもたたなかった。
 だが、その鰭で、お前はいつも、お前の獲物を追いまわし、お前の胸で塩を含んだ波頭をはげしく掻き分けながら、お前の行く手を進んで行ったのだが。
 ・・・今や、お前はここで、時間によって破壊され、この閉された空間に、平和に眠っている。
    <リオナルド・ダ・ヴィンチ>
〝劇中劇が繰り返され、主人公は誰〟

2008年7月15日火曜日

ソクラテス主義


 ギリシャ文化の凋落の代表者。
 かって根源的一者としての総体的世界に注がれていた人々の視線を、世界内部存在へと向けさせた悪しき転換の責任者。
 その後二千年にわたって、哲学的設問が狭小化される機縁をつくった元凶。
〝今こそ総体世界主義を編み出すときかもしれない〟

2008年7月13日日曜日

五色の紐


 藤原道長・・・。その時代の浄土教の一般的な教えでは、阿弥陀如来像が描かれた布に五色の紐をかけ、死にゆくものがその布の紐をつかんでいて臨終を遂げると、そのまま浄土に行けるとされていた。
〝現代では何を信心したら良いのか、紐の重みさえあれば良いのに・・・〟

2008年7月12日土曜日

自然


 天才が事物のうちに見てとるのは、自然が現実に作りあげたものではなくて、自然が作り上げようと骨折って、しかも、なしえなかったものである。
    <フリードリッヒ・ニーチェ>
〝自然は考えない、自然は何ものも作らない、自然は時間と共存し、時間に抗しない〟

2008年7月11日金曜日

力と正義


 正義は論議の種になる。
 力は非常にはっきりしていて論議無用である。
 そのために、人は正義に力を与えることができなかった。
 なぜなら、力が正義に反対して、それは正しくなく、正しいのは自分だと言ったからである。
 このようにして、人は、正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのである。
    <パスカル、パンセ>
〝本質と虚飾の時空を超える壮大な演舞会、人であるための慰めの罠〟

2008年7月10日木曜日

小径の行方


 おそらくは、結局、哲学というものは、俗人が夢遊病者のような呑気さをもって辿ってゆく小径をとりまく深遠の認識にほかならないであろう。
    <ソレル、暴力論>
〝道をふみ外したものがめぐり合うミルク色の霧〟

2008年7月9日水曜日

プラトン


 プラトンは、イデアを真実在と考え、感覚的な事物をその影と考えた。
 そこから、超感性的な彼岸を真の世界とし、現象的な此岸を仮象の世界とする二世界的な対立が生まれ、それがキリスト教と結びついて、以後二千年にわたる西欧思想の基本的性格となった。
〝イデアと文字と仮面と現象としての人〟

2008年7月8日火曜日

教養


 彼らが会話の中に投げだす、あれら奇矯で変わった名前は、ぼくを苛立たせる。
 いったい彼らは、ああいう引用をしたり、ソクラテス以前の哲学者たちを引き合いに出したりすることで、ぼくを気後れさせられると本当に思い込んでいるのだろうか?
 彼らの自称する豊かさは、仮面をかぶった貧しさにすぎない。
 真実はまったく別の代価を払って得られるものだ。
 一人の人間が包含している悲惨さ、弱さ、凡庸さを知ること、それこそ真の教養だ。
 読書をした、学んだ、ということは重要ではない。
    <ル・クレジオ>
〝文字は仮面であり、人間は仮面の複合物である。人は教養という中和剤を用いることがある〟 

2008年7月7日月曜日

色を殺す


 文明が進むにつれて色はだいたい混色してくる。
 ヨーロッパのネクタイでも自動車でも、色が非常にシックで綺麗だが、これは色の中に毒を入れるから綺麗なんですね。
 着る物の色にしても、赤い色を作るときに緑を入れる。
 つまり、全く補色関係の色を入れ、色を殺すわけです。
 これが文明なんですね。
 そうすると、得もいわれぬ調和のある、快い、品のある色になる。
 その上になおかつ調子というものが整ってくる。
 そこへ形というものが入って、それをいろいろ展開して立体に持っていったりするわけだけれども、
 そういう人間の智慧、知性、そういったものがどんどん作り出して行く社会を見て、
 これでいいのか、というのが僕の意見なんですよ。
 却って極彩色の、たとえばインドネシアとかバリ島のガムランとかの、
 赤は赤、緑は緑だという原始性の中に、近代文明では解決できないエネルギーがあるのではないか、 という気がしているんですよ。
    <絹谷幸二>
〝人間か人か〟

2008年7月4日金曜日

余剰


 公共の必要物を生み出すのは、個々人の余剰である。
 従って、社会状態は、人間の労働がその需要以上のものを生産する場合にのみ存続しうる。
    <ジャン・ジャック・ルソー>
〝余剰を生める人の群れが消えはじめている〟

2008年7月3日木曜日

柔らかい光


 血の色の赤ワインが好きだ。
 とろけるような、あの味が好きだ。
 呑みはじめて、暫くすると、内部から、そろりそろりと弾けるように酔いがまわりはじめる。
 身体が軽くなり、それとともに、ほんのりと熱くなる。
 熟成した思想の語りかけを聞いているような気分になる。
 満ち足りて、至上と思える時の只中にいる面持ちになる。
 “ あの柔らかい光 ” のもつ輝きと同じように。
 柔らかい光は、赤ワインと同じ酔いを私にもたらす。
 何故、こうしたものが、この地上にあるのかといぶかる。
 至福の時をもたらす、得もいわれぬ存在がこの地上にあることが、
 不思議な気分に私を誘いこむ。
 だが、いつの日まで、この柔らかい光の照りかえしを浴びて生きていけるのか。
 瞬間の彼方にあるものを想うと、悲しく、憂鬱になる。
〝K90Ap21〟

2008年7月2日水曜日

孤独


 孤独とは、自分が世界の中心ではないと知った時に現れる心の中の風のこと。
〝どんな世界であろうと、K96N23〟

2008年7月1日火曜日

真実の姿


 モーツァルトは、何と軽いのだろう。
 不思議なまでの軽みを持ち、かつ破綻が全く見あたらない。
 そのメロディーは、極めて様式的な印象を与えるが、そうではない。
 不要なものが最大限に切り捨てられ、残されたもののみで心の音色を奏でている。
 それが、不思議なまでに様式美と一致するだけのことなのだ。
 時代を乗り超え、モーツァルトが今日まで残った最大の理由は、そこにあるのではなかろうか。
 
 これは、おかしいことである。
 人間が、その真実の姿に近づけば近づくほど、様式美と一致する。
 私にはその答えは分かっている。
 それは、形の闘争で、しかも抗い得ない形と時間との唯一可能な譲歩の結果なのだ。
 モーツァルトの音楽には、それが根源として現れている。
〝K90Ap4〟