2009年12月28日月曜日


 西洋人の観念には、神という絶対の存在・・・つまり比類なき唯一のウソ・・・があるように思いますね。古来、神学は、ありもしない絶対(神)を、ある、ある、という哲学的論証を重ねつつ、論理と修辞と叙述を発展させてきた観があります。
    <司馬遼太郎>
〝神のもつ「スタイル」を問わなければ、かならず「神」は存在する。近代物理学の歴史は、それ以外の結論を想像することを許さないほどに深化した。ひとえに、その「スタイル」を神とよぶか、神とよばないかだけの違いでしかない。人は神のスタイルを見ることあたわないので、これからも、人の歴史がつづく限り神(「その現れ方としてのスタイル」)をめぐる論争は尽きないだろう。しかし、人は、もっと即物的に近代物理学が切り開いた統一法則に満ちみちた世界を見つめるべきだ。私たちは日常生活のなかで、ある種の意思的な計り事なくして期待値としての「統一性」はあらわれないことをよく知っている。「統一性」は偶然にはあらわれない。そして宇宙は、期待値としての「統一性」に満ちみちている。司馬遼太郎の論考は間違っている〟

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