2010年12月20日月曜日

寂寥


 これが私の故里だ
 さやかに風も吹いてゐる
 心置なく泣かれよと
 年増婦の低い声もする

 あゝ おまへはなにをして来たのだと・・・・・・
 吹き来る風が私に云ふ
     <中原中也、帰郷>
〝無限の共感〟

2010年12月17日金曜日

教えて!ご主人さま


 難事に際しては理性を活用するがよい。
 固いものは柔らかくされるし、狭い場所も広げられる。
 重いものでも巧く堪える人には、それほど重くはない。

 更にまた欲望は遠くに走らすべきではない。
 近くに出て行くことだけを許してやるがよい。
 なぜというに、欲望というものは完全に閉じ込められることには
 堪えられないからである。
     ≪セネカ、心の平静について≫
〝セネカはかなりの現実主義者だったと思う。思考に基軸がない。それゆえ悲壮感もない。
  余りに柔軟すぎて、どこに導こうとしているのか心配になるほどだ。〟

2010年12月14日火曜日

RASENの実のなる里

 

 さよならだけが
 人生ならば
 またくる春はなんだろう
 はるかなはるかな地の果てに
 咲いてる野の百合何だろう
     <寺山修司、かもめ>

〝RASENの実だろう〟

2010年12月12日日曜日

生命の密やかな風


 風の中には38億年にわたって繰り返されてきた無限に近い数の生と死の全ての記憶が密かに蓄えられているような気がする。
 この世に生きるものの中で、風に吹かれていないものはなに一つない。風に吹かれることによって生きる力を与えられ、その風に乗せて、自らの生きる力をまた誰かに渡してゆく。
    <龍村仁・ゆかり、地球の祈り>

〝生命体の細胞の中を吹いている風がある。ゆらぎと呼ばれる生命の密やかな風。心の裡からわき上がるゆらぎは、ときには言葉を発し、ときには音楽を奏で、ゆらぎの風の大きな輪を外界につくりはじめる。すべての風は不可避的につながっている。地球で、そして宇宙で。いつでも、どこでも。〟

2010年12月8日水曜日

帰らざる河へ

 
 家族たちさえも憎めないようなぼくに
 どうして他人を恨むことができよう
 まして愛することなんか・・・・・・
 愛したり恨んだりするには他人が必要だ・・・・・・だが、
 ぼくはまだ他人らしい他人に逢ったことがない・・・・・・
     <寺山修司、アダムとイブ>

〝夢見る放浪者はいつまでも現実を把握できない。そうした人種はいわば夢見る精神の癌的増殖作用の犠牲者ではなかろうか。彼にして然り。一定深度の深みに達した精神は、放っておけば自己増殖をはじめて、「帰らざる河」の対岸に泳ぎ渡ろうとする〟

2010年12月7日火曜日

ファラリスの牛

 
 それでもやはり、ぼくには、なんというか、宗教とでも言うべきものがどうしても必要だと感じる。
 そんな時、ぼくは夜、星を描きに外にでる。
     <フィンセント・ファン・ゴッホ>

〝描くことのできる人は幸いです。描きたくても描けない人がいます。星空はくっきり見えているのにそれを描く術を知らない人は、キルケゴールの言う、古代ギリシャのファラリスの牛の受刑者でさえもありません。青銅の牛の中であぶり殺され、火刑の熱さに耐えかねて阿鼻叫喚の呻きをその中で叫んでみても、その呻き声が牛の鼻腔を通過して皇帝を楽しませる音楽になることはないのです。〟

2010年12月6日月曜日

足るとは

 
  長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない。
 たとえば或る人が港を出るやいなや激しい嵐に襲われて、あちらこちらへと押し流され、四方八方から荒れ狂う風向きの変化によって、同じ海域をぐるぐる引き回されていたのであれば、それをもって長い航海をしたとは考えられないであろう。
 この人は長く航海したのではなく、長く翻弄されたのである。
    <セネカ、人生の短さについて>

〝長い航海をするには羅針盤が必要だが、星が見えない夜は翻弄の旅をすることになる。そして今この時は、星がみえているのか、見えていないのか、判別する自意識さえも既に失ってしまったかもしれない。先程まで見えていた羅針盤も見えない。〟

2010年12月5日日曜日

理由を問わない生き方

 
 好き嫌いというのは人によって違うもので、これはどうしようもない。
 大人というのは、子どもが好きなことをやっているときに、
 それが何のためかという無意味な質問を繰り返す動物です。

 何のためにということをはっきりわかっている人が、たとえば商売をやれば成功するだろうと思います。
 しかし、商売でいくら成功しても、それだけです。
    <養老孟司、かけがえのないもの>

〝なるべく理由を問わない生き方をしよう。盲目的な生き方をするつもりはない。しかし、大切なことを実現するのに理由のいらぬことも多くあると云うことを知らねば、この人生に、きらめきのある潤いをほどこすことはできない。いつの日も、朝露の滴のようなきらめきをもって生きたい。〟

2010年12月4日土曜日

遠くのOrion

 
 夜もだいぶ更けた頃、オーストリア人はふとつぶやくようにいった。

 「三十歳の時、一ヵ月の休暇のつもりでこのカプリ島に来たのが、気がついてみたら四十年間になっていました」

 誰もが黙っていた。この男に対しては、理性的であろうと感傷的であろうと、あらゆる言葉が無用に思われた。ただこの男が、七十歳の老人とは、どうしても見えなかった。美しいといってもよいその顔からは、老人の多くが持つあせりや影は見出せなかった。

 自らの欲するものを知ってその人生を歩む、一人の男がそこにいた。
    <塩野七生、カプリ島>

〝自らの欲するものを知ってその人生を歩む、しかし時が不足している!と、想うその心は、あせりと影に充ち満ちているような、そうでないような。ゆっくりと星を仰ぎみる…。〟

2010年12月3日金曜日

星への想いというもの


 財産というのは自分の身に付いたものだけです。
 それはお金でもないし、先祖代々の土地でもない。 
 戦争があればなくなってしまう。
 しかし、もし財産というものがあるとしたら、それはお墓に持っていけるものだ。
    <ハンス・セリエ>

〝消えさる自らと常に同時的なものこそが唯一の財産であると言われることに、人は耐えられるだろうか?否、耐えられぬからこそ偶像崇拝に連なる地上の精神の系譜が否応なく聳え立っている。その折り合いとしての様々な宗教、芸術…の存在。この悩ましい折り合いからの発揚を求め、人は意識して高みに煌めく星に想いを架ける…、のだろうか?〟
  

2010年12月2日木曜日

古木の観たもの


 あの、木曽の山脈の稜線を染めた光りは、いまでもこの胸の中に輝いている。
 われわれがめざしたものは、いっしょにそれに向かって歩み続けてきた者にしかわからないだろう。
 だからおまえはこれからも長く生きてくれ。
 ただそれだけでいい。
 誰にも語らなくていい。
 ただ一人だけでも、あの稜線の向こうに見えた輝きを憶えていてほしいのだ。
 おまえが生きている間だけ、それだけでいいのだ。
    ≪小川由秋、木曽義仲≫

〝木曽の稜線の彼方にあるものを捉えたくて、記憶の中の木曽を歩いてきた。いまは極貧の村でしかない義仲のさびれた故郷の佇まい。ほとんど廃屋となってしまった旗挙の八幡宮。平家を逐って義仲が京に攻めのぼった、いまは不毛の原野とそれを見下ろす八幡宮のある高台。社殿の横に伸びる一千年を越えた欅の古木。去り逝く人の記憶を人はその胸にとどめなければいけない。しかしいったい誰が、八幡宮の一千年の古木の想いをとどめえるのか。遺言された巴御前は、すでに遥か遠いむかしに鬼籍に入った。義仲殿、歴史はつねに無残なものではないか。〟

2010年12月1日水曜日

生をつつむ桎梏の線


 去年の夏、君がミレーの大きな木版画「羊飼いの女」を持っていた時、ぼくは思った。
 たった一本の線でなんと多くのことができるものかと。
    ≪フィンセント・ファン・ゴッホ、弟テオへの手紙≫

〝最高の線を描ける人はピカソと想う。しかし線の技術のみでは、無論、その境地に辿りつけない。線は楽器、線は臨界、線は思念、線はあらゆる生をつつむ桎梏。大事なことは、技術の痕跡を消し去り、そのうえで“生をつつむ桎梏の線”を感得し描き切ることだ。生をつつむ桎梏の線は、その背後に流れるものを胎蔵し、その流れはダイナミズムの運動をひき起こす。それこそが、ピカソの線であり、ゴッホが流浪して求めた線であると想う〟