
あの、木曽の山脈の稜線を染めた光りは、いまでもこの胸の中に輝いている。
われわれがめざしたものは、いっしょにそれに向かって歩み続けてきた者にしかわからないだろう。
だからおまえはこれからも長く生きてくれ。
ただそれだけでいい。
誰にも語らなくていい。
ただ一人だけでも、あの稜線の向こうに見えた輝きを憶えていてほしいのだ。
おまえが生きている間だけ、それだけでいいのだ。
≪小川由秋、木曽義仲≫
〝木曽の稜線の彼方にあるものを捉えたくて、記憶の中の木曽を歩いてきた。いまは極貧の村でしかない義仲のさびれた故郷の佇まい。ほとんど廃屋となってしまった旗挙の八幡宮。平家を逐って義仲が京に攻めのぼった、いまは不毛の原野とそれを見下ろす八幡宮のある高台。社殿の横に伸びる一千年を越えた欅の古木。去り逝く人の記憶を人はその胸にとどめなければいけない。しかしいったい誰が、八幡宮の一千年の古木の想いをとどめえるのか。遺言された巴御前は、すでに遥か遠いむかしに鬼籍に入った。義仲殿、歴史はつねに無残なものではないか。〟
0 件のコメント:
コメントを投稿