
ぼくが窓の下を通る人間たちを眺めていると、例の狂人がぼくの部屋に入ってきた。
彼はぼくに言った。
「君はそこで何を見ているのだ?
そんな愚かな動物界は放って置くのだ。
私は、たったいまそれと別れてきたところだ。
私はそれに真実を告げたが、それは耳を貸さぬままだった。
私はそれに幸福を授けてやったが、それは拒絶されてしまった。
私はそれを見放した。
だが私には君が残っている。
私たちはこの真実をともに発見したのに、愚かにも気前のいい私は、それを人間たちにくれてやろうと思っていたのだ。
私たちは、これから共にこの真実を生きることにしよう。
そして遂に神になった私たちは、不滅の願望をいただくことだろう。」
狂人は正しかった。
ぼくは、飽きあきした自分の部屋を眺めていた。
ぼくは高い所を、とても清らかな空の一角を眺めていた。
ゆっくりと、ぼくは首を横に振った。
そして、いやだと言った。
というのは、ぼくもまた人間だからだ。
その狂人は、だから一人で生きるだろう。
そしてたった一人で、彼はあの貴重な真実をいだきつづけるだろう。
彼はぼくを軽蔑している。
そして彼は正しい。
<アルベール・カミュ、シジフォスの神話>
〝人はだれも求めないのに、ゼンマイ仕掛けのニジンスキーの踊りのようにひとりでに舞いおどる。思考さえも人の見いだしたパーソナル、そしてリレーショナルな踊りにすぎない。〟