2009年8月18日火曜日

狂人


 ぼくが窓の下を通る人間たちを眺めていると、例の狂人がぼくの部屋に入ってきた。
 彼はぼくに言った。
 「君はそこで何を見ているのだ? 
 そんな愚かな動物界は放って置くのだ。
 私は、たったいまそれと別れてきたところだ。
 私はそれに真実を告げたが、それは耳を貸さぬままだった。
 私はそれに幸福を授けてやったが、それは拒絶されてしまった。
 私はそれを見放した。
 だが私には君が残っている。
 私たちはこの真実をともに発見したのに、愚かにも気前のいい私は、それを人間たちにくれてやろうと思っていたのだ。
 私たちは、これから共にこの真実を生きることにしよう。
 そして遂に神になった私たちは、不滅の願望をいただくことだろう。」
 狂人は正しかった。
 ぼくは、飽きあきした自分の部屋を眺めていた。
 ぼくは高い所を、とても清らかな空の一角を眺めていた。
 ゆっくりと、ぼくは首を横に振った。
 そして、いやだと言った。
 というのは、ぼくもまた人間だからだ。
 その狂人は、だから一人で生きるだろう。
 そしてたった一人で、彼はあの貴重な真実をいだきつづけるだろう。
 彼はぼくを軽蔑している。
 そして彼は正しい。
<アルベール・カミュ、シジフォスの神話>
〝人はだれも求めないのに、ゼンマイ仕掛けのニジンスキーの踊りのようにひとりでに舞いおどる。思考さえも人の見いだしたパーソナル、そしてリレーショナルな踊りにすぎない。〟

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