
本書に図版としてかかげられたものの一つ一つは、≪意味の喪失≫をみちびく視覚の地すべりをわたしに与える契機になったものであるにすぎない。
この≪意味の喪失≫こそが、禅が≪悟り≫と名づけるものにほかならない。
身体、顔、エクリチュール(表現体)、こういう表徴作用群相互のあいだに、交流を交換をおこさせたい、そうしてそれら相互に表徴がもっている関係を読者に読みとってもらいたい、テキスト(本文)と図版を組みあわせて示すのは、そういう願いからなのである。
<ロラン・バルト、表徴の帝国>
〝人生逍遥あるいは遥かなる道のこころみと寸部違わぬその考えに接しうなった、もっと早く読んでおくべきだった。果たしてこころみは成功するか。〟
0 件のコメント:
コメントを投稿